春海橋公園遊歩道

Before:東京都港湾局専用線(晴海線) 晴海橋りょう → After:春海橋公園遊歩道

廃線となった晴海橋りょう。奥に見えるのはローゼ桁を製作した石川島播磨重工業の造船所。/桐原武志 1998年撮影

中央のアーチ橋がローゼ桁、左右のアプローチ橋が共に連続PC桁/桐原武志 2026年撮影

路面は軌条と内側にある脱線防止用の護輪軌条を残しウッドデッキが舗装されている。/桐原武志 2026年撮影

路面の一部をガラス床とし、当時の枕木やバラスト敷を見せている。/桐原武志 2026年撮影

[No252] 歴史的鉄道遺構を遊歩道化。アーチ橋は建設当時の塗装色を再現し、PC橋は柵が無かった貨物線時代を想起させる透過性の高い高欄。

リノベーション概要

Before

建築名称東京都港湾局専用線(晴海線) 晴海橋りょう
建築用途その他
建築概要

ローゼ桁、連続PC桁共に鉄道橋として国内初の形式である。鉄道による取扱い貨物の減少により1989年に廃線となる。

After

建築名称春海橋公園遊歩道
Harumi Bridge Park Promenade
建築用途 その他
リノベーション概要

「オリエンタルコンサルタンツ」ウェブサイトより引用・・・旧晴海鉄道橋(晴海橋りょう)は、東京都港湾局専用線晴海線の春海運河を渡る橋梁として、1957(昭和32) 年に竣工し、貨物線が廃止となる1989(平成元)年までの32年間、物流で東京の発展を支えてきた臨港鉄道の歴史的シンボルです。アーチ橋は鉄道橋として国内初のローゼ桁、アプローチ橋は鉄道用 PC 桁として国内初の連続桁を採用した技術的価値の高い鉄道遺構です。廃線から35年、竣工から約70年を経過したこの橋を、歴史的な価値を残しつつ、晴海と豊洲の回遊性を向上させる遊歩道にリノベーションし、2025年9月に春海橋公園の一部として追加開園し、供用開始されました。 本橋の遊歩道化では、軌条と内側にある脱線防止用の護輪軌条をそのまま残したウッドデッキ、柵が無かった貨物線時代を想起させる透過性の高い高欄、鉄道保守で使われた待避所の保存、当時の枕木やバラスト敷を見せるガラス 床の設置、アーチ橋を建設当時の色彩への再現等、歴史的価値に配慮して当時の姿を想起させる空間整備を行いま した。そして、橋を引き立てるライトアップや展望テラスの新設等、昼夜の地域景観の向上や観光振興につながる整備も行いました。

設計者 オリエンタルコンサルタンツ
所在地 東京都中央区晴海二丁目地先 ~江東区豊洲二丁目地先
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改修年 2025年
建築規模 橋長:190.3m、構造:中央径間:鋼ローゼ橋、 側径間:3径間連続 PC橋
掲載書誌 日経コンストラクション2025年12月号 橋梁と基礎 2026年 4月号/建設図書
主な関連法規、条例、助成金 等 道路橋示方書・同解説/日本道路協会
関連組織 等 東京都港湾局
URL https://www.oriconsul.com/news/post_files/251015_newsrelease02.pdf

リノベーションの手法・キーワード 等

文化・産業遺産

用途変更, 遺構

 

備考

《Before写真の石川島播磨重工について、オリエンタルコンサツタンツの大波様より、興味深い情報が届きましたのでご紹介します》  石川島播磨重工は当時造船が主力事業で、晴海橋りょうのローゼ桁は溶接や薄肉構造など造船技術を活かし、工場鋲(リベット)から工場溶接にした最初期の橋です。コンクリートは晴海側にあった小野田レミコン製です。開通時はSLが貨物輸送しており、新豊洲は首都圏の石炭供給拠点の豊洲石炭埠頭でした。鋼・コンクリート・石炭共、ある意味地産地消で、橋は当時の産業がわかる産業遺産であり、橋梁技術は東海道新幹線建設に活かされています。 

 

 

記録作成者

氏名
桐原武志
所属
Free/JIA再生部会