“特別な”第四高等学校武術道場「無声堂」
2026.04.28 更新 カテゴリ:コラム
建築家・谷口吉郎が博物館明治村の建設に尽力したことはよく知られている。
しかし、その原点が、第四高等学校(現・金沢大学)の武術道場「無声堂」(登録有形文化財)
にあったことは、意外に知られていない。
明治村に移築されたこの「無声堂」は、1917(大正6)年に石川県金沢市に建てられ、
1970(昭和45)年に現在地へと移された。
内部は柔道場・剣道場・弓道場の3つの空間から成り、神棚も据えられている。
1977(昭和52)年から2002(平成14)年までの26年間には、「明治村剣道大会」として
八段戦が開催されてきた由緒ある場でもある。
壁面には歴代優勝者の札が並び、その中には範士八段・千葉仁の名を見つけた時、
この空間が単なる保存建築ではなく、今もなお武道の記憶を宿していることを実感した。
この建物の魅力は、何よりも床下に隠されている。
柔道場の床には衝撃を吸収する鉄製スプリングが仕込まれ、
剣道場の床下には踏み込みの響きを増幅するための空洞が設けられている。
試しに柔道場の中央で軽く跳ねてみると、畳全体が大きくバウンドして、思わず周囲の人々を驚かせてしまった。
柔らかく身体を受け止める床と、一方、踏み込みの音を響かせるやや硬めな床。
ひと続きの空間でありながら、その下部構造を巧みに変えることで、
異なる武道に応じた環境が作られているのである。
背後には更衣室と浴室も備えられ、当時の道場建築としての完成度の高さが感じられる。
そして、この建物にはもう一つの物語がある。
創設者の一人である谷口吉郎は弓道部に、もう一人の土川元夫は剣道部に所属していた。
弓道場の壁には、今なお谷口吉郎の札が掛かる。
さらに柔道部には、のちに小説家となる井上靖の姿もあった。
彼らが同窓の縁で再会し、この道場の保存について語り合ったことが、
やがて博物館明治村創設へとつながっていく。
武道を媒介とした偶然の連なりが、日本を代表する屋外博物館を生み出したのである。
その意味で、この第四高等学校武術道場「無声堂」は、明治村の原点ともいえる特別な存在である。
にもかかわらず、現在は園内の片隅で、静かな休憩所として佇んでいる。
賑やかな往来の背後で、ひっそりと。
しかし確かに、明治村の起点としての記憶を宿しながら。
(文・写真:柳沢伸也)