入居者に受け継がれる保存活用のDNA

2023.05.23 更新 カテゴリ:コラム

清洲寮は入居希望者が多く、空き部屋がなかなか出ない築90年の民間賃貸集合住宅である。
設計・施工は大林組で、昭和8年(1933)に建てられた清洲橋通りのランドマークだ。
66室の内、3分の2は若手で、スタートアップのアトリエや事務所に使用している人も多い。
同潤会アパートとほぼ同じ築年数だが、大切に維持管理されているため現在でも築90年にはとても見えない。
こうした人気のビンテージ建築は、若手が起業しやすい環境づくりにヒントを与えてはいまいか。

「ずっと清洲寮にアトリエを構えたかったんです」とは、清洲寮2階にアトリエ兼店舗を構える山内麻衣さんの言葉だ。
滋賀県出身の山内さんは、ふるさとの帆布を使った鞄屋を開くために、清洲寮に空きが出るのを待っていたという。
室内は畳をフローリングに変え、漆喰壁を新しくし、照明を付け替えた。
古くて使い勝手が悪いビンテージ建築だからこそ、多少のリノベーションを許容する自由度がある。
古い建物を大切にするオーナーの気持ちと、ふるさとの帆布の良さを多くの人に知ってもらいたいと起業した山内さんのスピリットが共鳴した。
もちろん立地の割に、不動産賃料が安く若手やスタートアップには起業しやすい環境も手伝っている。 

建物を維持管理するために何度も塗られてきた外壁は、いつぞや黄色に塗り替えられた。
建築文化財的な観点から言えば、この塗り替えはNOであろう。
しかし、この建物の良さを理解しリノベーションを行って建築を使い続ける若者が、このビンテージ建築「清洲寮」には集積する。
「建築を大切に使い続ける」オーナーのDNAはきっと、入居者にも受け継がれている。
清澄白河界隈を歩いていると、こうした古い建物や空き倉庫などをうまくリノベーションした店舗やアトリエを多く見つける。
築年数のある建物に対する価値観が、少しずつ変わってきたと期待したい。
(文・写真:柳沢伸也)