安田侃の問う、時を超える価値観

2023.07.04 更新 カテゴリ:コラム

東京ミッドタウンに設置された彫刻「意心帰」の制作風景
(2005年、Pietrasantaのアトリエにて、奥左手が安田侃氏)

「将来、ゴミにならない作品を目指している。」
安田侃氏のアトリエを訪問した時に、彫刻作品を生み出す時の思いがけない話を聞いた。
抽象的で崇高なイメージの彫刻作品と「ゴミ」という言葉が唐突に感じられたが、
考えてみると彫刻は人間よりもはるかに長寿命だから、時を超えた後世の人びとにも
愛される作品をつくるというのは、深くて難しいテーマである。
彼の言葉は、現代の消費社会への強烈なアンチテーゼではないだろうか。

彫刻家の安田侃氏は、大理石の産地ピエトラサンタで制作を行ってきた。
彼の作品はイタリアでも認められ、駅前の広場には彼の代表作品が置かれている。
作品の素材選びの結果、鉄や木材などすぐに朽ちてしまう素材ではなく、
経年変化に強く、古来、ミケランジェロも使用していた大理石にたどり着いた。
歴史的な芸術家と同じ素材に打ち込むことによって、過去と対話し、現代そして未来に問いかけている。

出身地の北海道美唄市にある小学校を改修した安田侃彫刻美術館アルテピアッツァに、彼の思想が読み取れる。
廃校となった建物を生かし、新たに彫刻を置くことによって、その場所を悠久の空間へと昇華させている。
ともすれば、ゴミと化してしまう建造物にほんの少し手を入れて、時を超えて価値を持ち続ける空間に作り直している。
彼は、我々建築家よりもずっと射程の長い時間軸でモノを捉え、時空を超えた価値観、
美しいと感じられる造形美を求めている。

我が国の住宅寿命がわずか30年足らずで、しかもそのほとんどがスクラップされ
ゴミと化してしまうことを考えると、今まさに「ゴミにならない建築」が求められている。
建築の素材、作り方、設計手法などの根本から、問い直さずにはいられない。
彫刻家・安田侃氏の言葉が胸に響く。
(文・写真:柳沢伸也)