変わらぬ価値、変えない努力

2023.11.13 更新 カテゴリ:コラム

ポーラ五反田ビルと聞いて、「ああ、あの建物か」と思い浮かべる人も多いだろう。
五反田駅から渋谷方面のJR山手線に乗っていると、
1階部分の建物裏側の昇り庭まで透けて見える建物である。
1971年竣工のその建物は、竣工当時そのままの姿を保つ。設計は、日建設計の林昌二。
透明感あふれる開放的ロビー空間は、オフィスビルの金字塔として今なお語り継がれている。 

驚いたのは、玄関ホールを抜けた先のサツキの昇り庭と対称的に、
建物正面の山手線斜面も、サツキで植栽されていたことだ。
当時、国鉄に何度も折衝して、ようやくサツキの植栽の法面が実現したという。
事例が掲載された当時の断面図を見ると、その意図が明らかである。
断面図には、敷地内の昇り庭だけでなく、敷地境界を越えた反対の山手線法面まで植栽で描かれている。

「大きく透けて見える空間」を作り出すには、それを支える設備と構造計画の工夫も必要だ。
無柱の1階ロビー空間を実現するため、直上階には大きな構造フロアが設置され、
地下食堂に自然光を導くため、1階は大きなキャンチレバーで作られている。
ロビー奥の昇り庭も、隣地の民家を隠すために設置され、下部は駐車場として活用されている。
全面ガラス張りを実現するためにカーテンウォールが採用され、
床下には空調吹出口が設けられている、といった具合だ。
こうした工夫と努力の積み重ねで、ようやく実現したのがこの「大きく透けて見える空間」なのである。 

一般的に、モダニズム建築というのは理解されにくい。
ともすれば、つまらない建物として片付けられてしまう。
しかし、このポーラ五反田ビルは、所有者がその建物の価値を十分に理解し、
変わらずにその姿を保ち続けている。
「残された者の宿命だから仕方ありません」
案内担当のT氏は自嘲気味に笑っていたが、その言葉の裏には、
先代がつくった建物への矜持が見え隠れしていた。
「変わらぬ価値」とそれを「変えない努力」の賜物である。
(文・写真:柳沢伸也)