「寄り添う」という形の保存活用:甚吉邸とW-ANNEX

2023.12.21 更新 カテゴリ:コラム

隠れた宝石のように、大きな樹木に隠された建物がひっそりと佇む。
それは、登録有形文化財である旧渡辺甚吉邸に寄り添う、黒子のような存在の多目的スペース、W-ANNEXである。
このスペースは、ツバメアーキテクツと前田建設工業の設計により、
2022年に甚吉邸の隣に建設された。

甚吉邸は、1934年に遠藤健三、山本拙郎、そして彼らの恩師である今和次郎に
よって設計され、日本建築の最高水準を反映している。
解体の危機に瀕していたこの歴史的建造物は、2022年に東京の港区白金台から
千葉県取手市の前田建設工業ICI総合センターに移築された。

歴史的建造物の保存と活用には、常にジレンマが伴っている。
維持するには費用がかかり、実用性には限界がある。
甚吉邸では、文化財としての建物自体に手を加えることは難しく、
大勢の見学者を迎えるためには、ホールやトイレ、事務室などが必要だ。
こうした問題を解決するために生まれたのが、W-ANNEXである。
この多目的スペースには、広いホール、水回り設備、事務室、資料倉庫などがあり、
甚吉邸にはない機能を補完している。

装飾豊かな甚吉邸と、大きな空間と透明性の高いファサードを
持つW-ANNEXは、対照的な構成を持っている。
W-ANNEXの大ホールには、バトンやスクリーン、カーテンが設置され、様々な活動をサポートする。
設計者によると「甚吉邸と補完しあって一体を成す、肩を並べて建つ相棒のような建築」を目指したという。
屋外回廊で繋がれた二つの建物は、まるで手を繋いだ夫婦のようだ。
甚吉邸は、この良い伴侶と共に、新たな命を得たといえよう。

歴史的建造物の保存・活用は、通常、建物自体に手を加え、耐震性や機能性を向上させる。
しかし、良い伴侶のサポートによって、長生きする建築の可能性もまた、
貴重な選択肢であると考えられる。
(文・写真:柳沢伸也)