物質に刻まれた痕跡を継承するデザイン
2024.04.17 更新 カテゴリ:コラム
再利用しようと保管しておいた古い建具から、「7さい ようこ 1966」という文字を発見した。
建て主のご家族が子どもの頃に描いた文字である。身長を測って印を付けていたのだろう。
1966年とあるから、58年前の記録である。この痕跡を見つけた時、建て主の方は大喜びであった。
ごく普通の建具でも、思い出の詰まった建具は本人にとってはかけがえのない宝物だ。
2024年春号『TOTO通信』では、「時の積み重ねをデザインする」というテーマで特集が組まれていた。
特に印象的だったのは、加藤耕一氏(東京大学教授)のインタビューである。
彼は、文化財としてではなく一般の建物を保存する際に、既存に手を加えずに
新たな要素を加える「加装」というアプローチを推奨している。
このデザイン手法は、建物が持つ元々の様式や状態を重視するのではなく、
その物質に刻まれた人々の使用痕跡を残すことを目指す。
これは「保存」ではなく、「継承」と呼ぶにふさわしい方法である。
加藤氏は、「単にオリジナルだから、または歴史的価値があるからといった理由だけで建物を残すのではなく、
建築家がその面白さを認めた場合に限って残すべきである」と述べている。
「残すか残さないか」選別を検討している時点からリノベーションの設計が始まる。
現代の建築家に求められている役割は、確実に変化してきている。
(文・写真:柳沢伸也)