蜜柑道具小屋が化石窟へ 杉本博司の美学

2025.02.03 更新 カテゴリ:コラム

寂れた作業小屋の入口をくぐると、目の前に広がるのは2億年前のアンモナイトの化石群。
さらに、5億年前の化石、4000年前の青銅器、人類初のくさび形文字、そして蜜柑畑の作業道具が並ぶ。
古びた小屋は、まるで5億年の時を閉じ込めたタイムカプセルのようだ。

昭和30年代に建てられた蜜柑収穫用の道具小屋は、小田原文化財団によって
「化石窟」へと転用され、江之浦測候所の展示施設の一部となった。
小田原文化財団は、アーティスト・杉本博司が2009年に設立した公益法人である。
江之浦測候所は、かつて蜜柑畑だった約1万㎡の自然豊かな山林を舞台に、
杉本博の監修の下、建築と作庭を通じて日本文化を発信する拠点として構成された。
ガラスとコンクリートが研ぎ澄まされたギャラリー棟、千利休の待庵の写した茶室、
室町時代に作られた明月院の正門など、日本文化を代表するような建築物で構成される。
伝統と現代が共鳴する建築群の中で、蜜柑産業の痕跡を残す道具小屋は、
カジュアルな歴史ギャラリーとして長く生き続けることになった。
そこに、杉本博司の美学が色濃く読み取れる。

改修では、小屋の屋根組みや基礎が整えられ、大きな天窓や小窓が設けられたことで、
明るい展示空間が生まれた。
一方で、外壁は古びた波板折板張りと塗り壁の下地がそのまま露出し、ほとんど手を加えられていない。
外にはガラスの祠が設置され、小屋の奥へと回遊する仕掛けが施されている。
さらに、山道の随所には地蔵やアート作品が点在し、山林全体が幻想的な異空間へと変貌していた。

これはまさに、杉本博司の世界観の一端なのだろう。
蜜柑作業小屋は、地域産業の記憶を宿す遺産であり、道具とどもに後世へと継承すべきものと考えられた。
その結果、空調の効いた完全管理の展示空間ではなく、自然の光や風が抜ける、
既存の建物そのままの状態で新たな用途へと活かされた。
最小限の改修と自然素材の活用により、素材の経年変化そのものを味わう空間が生まれたのだ。
この控えめでありながら洗練された手法は、建築リノベーションのあり方として極めて示唆に富む。
深い共感を覚えるとともに、こうした試みが、これから先も少しずつ広がっていくことを願ってやまない。
(文・写真:柳沢伸也)