銭湯からカフェ&オフィスへ「快哉湯」の再生物語

2025.02.17 更新 カテゴリ:コラム

人々の記憶が詰まった銭湯
玄関の引き戸を開けると、木札の下駄箱が目の前に現れる。
靴を脱いで中へ入ると、そこには広々とした空間が広がり、芳醇な珈琲の香りが漂っていた。 

この建物は、1928(昭和3)年に建てられた「快哉湯」。
2016年まで台東区下谷で人々に親しまれた銭湯である。
入母屋造りの本格木造建築で、瓦屋根の玄関、高さ5.5mの脱衣所、中央の番台、
そして7mもの天井高を誇る洗い場には富士山のペンキ絵が描かれている。
東京の銭湯の王道ともいえるこの建物は、老朽化によりその役目を終えた。
しかし、この魅力的な大空間を壊してしまうのはあまりにも惜しい。
オーナーも「人々の記憶が詰まったこの建物を未来に残したい」と強く願っていた。

旧銭湯を未来へとつなぐ「救世主」
そんなとき、一人の建築家が手を差し伸べた。
大学時代、この近くに住み、快哉湯の常連でもあった「建物再生室」の中村出(いづる)氏だ。
彼はNPOたいとう歴史都市研究会を通じてオーナーから相談を受け、
快哉湯を新たな形で蘇らせる計画を進めた。
彼の所属する建設会社も賛同し、こうして銭湯は「カフェ+サテライトオフィス」
として生まれ変わることとなった。 

カフェの運営を担うのは、古民家再生型ホテルを手がける事業者だ。
「地域に眠る記憶を活かし、新たな賑わいを生み出す」ことを目的に、不動産の再活用を行っている。
カフェの名前「rèbon」は、「reborn(再生)」に由来する。

銭湯の空間を活かした再生手法
 リノベーションにおいては、外観を極力保存しつつ、内部には木造フレームで耐震補強を施した。
限界耐力計算法による耐震設計を行い、適所に耐力壁を配置。
かつての浴室には耐力壁を活かした個室ブースが設けられ、
女子風呂側にはキッチンカウンター、男子風呂側にはトイレと書架が設置された。

 脱衣所の格天井はそのままに、浴室の床はフローリング張りにして高さを調整。
男女の更衣室を隔てていた壁は銭湯の雰囲気を残すためにあえて保存された。
そして、中央に構える番台もそのままに。
ここでは、登って記念撮影をすることもできるという。

地域に開かれた空間としての快哉湯
筆者が訪れた際、カフェは満席。客が次々と訪れ、
温もりある無垢の木床や高い格天井、かつての脱衣所の名残を楽しんでいた。
この空間には、人々を引きつける独特の魅力があるのだ。

 中村氏は「この再生のコンセプトは『地域に開く』こと」と話す。
かつての銭湯が地域の憩いの場であったように、新たな形でこの場所を地域に根づかせる。
人々が足を運び、愛着を持つことで、快哉湯は再び街の一部となるのだろう。

 「快哉(かいさい)」とは、心が晴れやかになり、思わず声が出ることを意味する。
建物の玄関をじっと見つめていると、快哉を叫んでいるようにさえ思えた。
少なくとも、オーナーの心には、再びこの建物が息づいていることへの喜びが溢れているに違いない。

※快哉湯のあらましや詳細については、以下の「快哉湯KAI-SAI-YU」サイトを参照ください。
https://kaisaiyu.com/
また、カフェのレボン快哉湯rèbon Kaisaiyuについては以下のサイトを参照ください。
https://www.rebon.jp/
(文・写真:柳沢伸也)