九段坂上の緑に囲まれた一角に、ひときわ目を引くスパニッシュ様式の洋館がある。
1927年に竣工した山口萬吉邸――新潟県長岡出身の実業家・山口萬吉のために建てられた自邸である。
構造設計を内藤多仲、意匠を木子七郎が手がけ、今井兼次も設計協力として名を連ねている。
鉄筋コンクリート造・地下1階地上3階建、延床面積は839㎡。関東大震災の教訓をふまえ、
堅牢な構造で建てられた住宅である。
2018年、東急電鉄・東邦レオ・竹中工務店の三社による共同プロジェクトとして
保存活用が進められ、現在は会員制ビジネス・サロンとして運営されている。
展覧会の会場や期間限定カフェ・レストランなど、多目的に活用される場となった。
改修設計は竹中工務店が担当し、文化財としての価値を高めながら、
現代の快適性と機能性を加える手法が評価され、2020年には日本建築学会作品選集新人賞を受賞している。
この建物の存在は以前から気になっていたが、ある日、竹中工務店の友人から、
ここが大学時代の硬式庭球部の先輩の実家だったと聞かされ、急に親しみが湧いたのを覚えている。
内部は想像以上に広く、サンルームや大理石の階段、屋上テラスといった
贅沢な空間が随所に残されている。
南側一面に広がるサンルームは、朝の光をたっぷり取り込み、時間を忘れさせるほど心地よい。
隣には中層のオフィスビルが建ってしまったが、それでもこの住宅のもつ
優雅な空気感は揺らがない。
歴史的建造物の継承には、相続や維持にかかる負担が大きく、個人で守り続けるのは難しい現実がある。
この邸宅も、そうした背景の中で手放されたのかもしれない。
だが、今回のように文化財としての価値を継承しながら、現代のニーズに答えるかたちで
社会に開かれた場として再生されることは、建物の記憶を未来へ繋ぐ有効な方法の一つだと感じる。
今の建築ではなかなか実現できない、詳細な階段のディテールを見つめながら、そんなことを思った。
[No106]事例シートも是非ご覧ください。
kudan house
(文・写真:柳沢伸也)