「旧山口萬吉邸/kudan house」に見る歴史的建築の未来

2025.05.01 更新 カテゴリ:コラム

九段坂上の緑に囲まれた一角に、ひときわ目を引くスパニッシュ様式の洋館がある。 1927年に竣工した山口萬吉邸――新潟県長岡出身の実業家・山口萬吉のために建てられた自邸である。 構造設計を内藤多仲、意匠を木子七郎が手がけ、今井兼次も設計協力として名を連ねている。 鉄筋コンクリート造・地下1階地上3階建、延床面積は839㎡。関東大震災の教訓をふまえ、 堅牢な構造で建てられた住宅である。 2018年、東急電鉄・東邦レオ・竹中工務店の三社による共同プロジェクトとして 保存活用が進められ、現在は会員制ビジネス・サロンとして運営されている。 展覧会の会場や期間限定カフェ・レストランなど、多目的に活用される場となった。 改修設計は竹中工務店が担当し、文化財としての価値を高めながら、 現代の快適性と機能性を加える手法が評価され、2020年には日本建築学会作品選集新人賞を受賞している。 この建物の存在は以前から気になっていたが、ある日、竹中工務店の友人から、 ここが大学時代の硬式庭球部の先輩の実家だったと聞かされ、急に親しみが湧いたのを覚えている。 内部は想像以上に広く、サンルームや大理石の階段、屋上テラスといった 贅沢な空間が随所に残されている。 南側一面に広がるサンルームは、朝の光をたっぷり取り込み、時間を忘れさせるほど心地よい。 隣には中層のオフィスビルが建ってしまったが、それでもこの住宅のもつ 優雅な空気感は揺らがない。 歴史的建造物の継承には、相続や維持にかかる負担が大きく、個人で守り続けるのは難しい現実がある。 この邸宅も、そうした背景の中で手放されたのかもしれない。 だが、今回のように文化財としての価値を継承しながら、現代のニーズに答えるかたちで 社会に開かれた場として再生されることは、建物の記憶を未来へ繋ぐ有効な方法の一つだと感じる。 今の建築ではなかなか実現できない、詳細な階段のディテールを見つめながら、そんなことを思った。 [No106]事例シートも是非ご覧ください。
kudan house
(文・写真:柳沢伸也)