さようなら、The C
2025.05.05 更新 カテゴリ:コラム

築50年のオフィスビルから生まれ変わったシェアハウスの物語。
「最高のシェアハウス、ありがとう!」
「The Cで過ごした時間は忘れない」
「おかげさまでシェアメイトと結婚できました!」
これらは、解体を控えた「The C」の壁に記された、住人たちの別れの言葉だ。
The Cは、神田須田町の一角に建つ築50年以上のオフィスビルを、シェアハウスとシェアオフィスに
リノベーションした建物である。
建物名称に使用された「C」には、Central, Community, Culture, Change, Collaboration,
Conversion, Creation, Conversation等の意味を込めたという。
今回、そのお別れイベント「The C解体新書」が開催された。
神田須田町は、商業ビルやオフィス街の中に、歴史的建築や老舗が点在する、
東京の中でも特異な都市風景を持つエリア。
The Cもそんな環境の中、2014年に54室の賃貸シェアハウスとして生まれ変わった。
容積率指定の変更で新築が難しくなったことから、解体予定だった
この建物は、やむなくリノベーションされることとなったという。
リノベーションから10年あまり、2025年3月末をもって老朽化による閉鎖が決定されたが、
その間、建物は多くの人々の生活と記憶を育んできた。
階高の低い1960年代の構造、耐震補強のブレースが露出する外観、そして小さなフロア面積。
それらを逆手に取り、「寄宿舎」的な発想で再構築された空間には、
東京都安全条例をクリアするための設計的工夫も詰まっていた。
The Cの稼働率は実に94.7%。
単なる建物の提供にとどまらず、運営側のソフト面での工夫も成功の鍵となった。
年1回の「ウェルカムイベント」や、建物を一般開放する今回のような催しを通して、
入居者同士の関係が深まり、コミュニティが育った。
住人の一人が「ここは“時間をシェアする場所”だった」と語ったのが印象的だった。
悩みを相談し合い、喜びを分かち合う。そうした経験の積み重ねが、
この建物を「ただの住まい」以上の場に変えたのだ。
設計面でも、「室内型バルコニー」の導入や、ネオン管で作られた部屋名サイン、
素材の経年変化をあえて残す手法など、リノベーションならではの魅力が随所に見られた。
解体される運命にあった既存不適格建築物が、リノベーションにより命を吹き返し、
出会いとコミュニティを育み、暮らしと都市の記憶を紡ぎ続けた。その意義は大きい。
10年間という時間が短かったとしても、The Cは“延命”を超えた価値をもたらしたと言えるだろう。
リノベーションには、建物をただ残す以上の可能性がある。
The Cの記憶が、それを私たちに教えてくれる。
No202の事例シートも是非ご覧ください。
https://renovation-archive.com/2025/04/10/the-c/
(文・写真:柳沢伸也)