場所の価値を測る物差し

2025.12.15 更新 カテゴリ:コラム

横浜の美術館前に広がるケヤキ広場では、水深のごく浅い噴水のまわりを、
子どもたちが歓声を上げながら走り回っている。
ゆったりとした時間が流れるこの光景は、約30年前とほとんど変わらない。
一方で、大きく変わったのは、美術館を取り巻く周囲の景色だ。
竣工当時、周辺には高層建築は無く、視線は海へと一直線に抜けていた。

 当時、この美術館周辺の港湾地区について、早稲田大学の石山修先生が
真剣な表情でこう語っていたことを思い出す。
「風車を阻害しない建物ガイドラインをつくろう」。
横浜特有の海風を生かし、街路に風車を連続して設置する。
その風を遮るような大きな建物は規制する――そんな景観ガイドラインの提案だった。
学生だった私は、その唐突でどこかメルヘンチックな発想に、正直なところ違和感を覚えた。
しかし今振り返ると、もし風車の連なる街路が実現していたなら、
よりヒューマンスケールで、風通しの良い、魅力的な街になっていたのではないかと思う。 

「必要以上に高さや効率を求めず、街の価値を高める方向に舵を切れないか」
日経新聞(20251012日)でも、経済性を最優先してきた近年の再開発に対し、警鐘が鳴らされている。
世界の都市再生の潮流は、「車」から「人」を主役とする都市改造へと確実に転換しつつあるという。
今、私たちは「場所の価値を測る物差し」そのものを見直す必要がある。
東京や大阪などの大都市では、長らく利益最大化を目的とした再開発が主流だった。
しかし、長い時間軸で見たとき、はたしてそれが最適解だったのだろうか。
地域に残された既存ストックを丁寧に使い続け、景観や記憶を継承していくことも、
都市の価値を高める重要な選択肢ではないだろうか。
例えば賃貸オフィスでは、これまで「レンタブル比」が価値を測る主要な指標だった。
しかしこれからは、ウェルビーイングに直結する「自然」「音環境」「風」「歴史性」といった要素も、
建築や都市の価値を測る新たな指標として位置付けても良いのではないか。

「都市に吹く海風」を一つの指標とした石山先生の提案は、そうした視点から捉え直すと、
既存ストックを活かしながら、よりヒトのスケールに寄り添った、風通しの良い街を構想する試みだったとも言える。
都市に本当に求められているのは、多様な人々が集い、歌い、踊り、思い思いに過ごすことのできる居場所である。
そうした利用者の多様性や、予期せぬ出来事を受け止める力――
いわば「都市の包容力」は、単一の巨大建築ではなく、多様な既存建築の重なりから生まれる。
その包容力こそが、さまざまなアクティビティを受け入れ、そのまち固有の価値を育んでいく。
いま、都市空間における「価値」を、既存ストックの視点からあらためて問い直すことが求められている。

(文・写真:柳沢伸也)