さよなら、戦後復興の象徴「岡崎・本町シルバーアーケード」
2026.07.07 更新 カテゴリ:コラム
「アーケード商店街は、横に広がるデパートです。」
見学会で案内役を務めた岡崎まち育てセンター・りたの天野さんは、そう表現した。
百貨店が一つの建物に専門店を集めた「縦の商業施設」だとすれば、アーケード商店街は道路沿いの個店が屋根でつながる「横のデパート」である。
アーケードは、明治時代の銀座の列柱歩廊や雪国の雁木を源流とし、戦後の高度経済成長期には全国へ広がった。
雨や日差しから人と商品を守り、多くの地方都市で「まちの顔」となった。しかし、その象徴も今、各地で姿を消しつつある。
岡崎市本町の「シルバーアーケード」もその一つだ。
1956(昭和31)年頃に建設され、約70年間商店街を支えてきたが、老朽化と維持管理の限界から2026年7月に解体が始まった。
天野さんは、「後世に負の資産を残さないため、解体を決断した商店街には敬意を表したい」と語る。
幸いにも、建設当時の契約書と図面が残されていた。
図面を見ると、柱と雨どいを一体化した意匠、トップライトによる採光、そしてL形鋼を組み合わせリベットで接合した鋼トラスなど、戦後復興期ならではの技術的工夫が随所に読み取れる。
H形鋼が一般化する以前の鋼構造を知る貴重な資料であり、図面そのものが近代化遺産と言ってよい。
もちろん、安全性や維持管理を考えれば解体はやむを得ない。
しかし、部材の保存や一部のモニュメント化、あるいは補修して一部を再利用するなど、産業遺産として歴史を継承する方法はなかったのだろうか。
そうした議論に専門家が関われなかったことは惜しまれる。
見学会には、雨にもかかわらず約20名が参加した。帰り際、地元の参加者がつぶやいた。
「バス停の屋根として、本当にありがたかったんです。」
その一言が、このアーケードが単なる商店街の屋根ではなく、人々の日常を支え続けてきた建築だったことを物語る。
青焼きの図面を眺めながら、もし現代に再生するとしたら、
──屋根を軽やかな膜構造に置き換え、当時の姿を残しながら新たなバス停のシェルターとして蘇らせることも可能ではないか?
そんな想像を巡らせながら、70年の歴史に別れを告げた。
(文・写真:柳沢伸也)