お茶と名建築は、良く似合う

2026.10.06 更新 カテゴリ:コラム

お茶と名建築は、よく似合う。沖種郎設計の宮津市庁舎。秋の大きな空の下、その広場で地元・茶道裏千家の方々による野点(のだて)が行われ、おいしいお茶とお菓子をいただいた。実にぜいたくなひとときだ。

今回、DOCOMOMO 300選に選定された宮津市庁舎を訪ね、第16回「宮津まちなみシンポジウム」に参加した。テーマは「宮津の建築×茶道」。企画したのは、沖種郎の研究者で、自身も茶道をたしなむ今村友里子氏(舞鶴工業高等専門学校講師)である。豊臣秀吉が北野天満宮で催した「北野大茶湯」になぞらえ、屋根のない大きな広場をもつ宮津市庁舎で、お茶の場をつくろうという試みだ。

茶道と建築には、確かに深い関係がある。千利休の「待庵」、織田有楽斎の「如庵」、小堀遠州の「忘筌」。名だたる茶人たちは、自らの思想や美意識を茶室という空間に託してきた。寸法や素材だけでなく、客人のふるまい、視線、動線まで考え、空間を「見立てる」。その感覚は、建築家の仕事にも通じる。

今回使われた点茶盤も面白い。今村氏が研究室の学生たちと、この野点のためにデザインしたものだ。沖種郎による宮津市庁舎の初期案をモチーフに、両脇の四角い箱=コアの上に、トラス模様を施した天板=大スパンの会議室を架ける。建築そのものを一台の点茶盤に見立てた、粋なデザインである。

宮津市庁舎は、丹下健三のもとで学んだ沖種郎が設計した戦後モダニズム建築である。通り側にはピロティで持ち上げたコンクリート打放しの高層棟、武家屋敷側には南北に長い低層棟を配する。広場、ピロティ、軸線、そしてコンクリートによる力強い造形には、丹下建築との響き合いが感じられる。

なかでも興味深いのは、地上の広場から階段で2階へ上がり、デッキテラスへと連続していく立体的な動線である。庁舎という一つの建物をつくるだけでなく、人々の活動が地上から上空へと展開していく都市的な空間をつくろうとした。戦後モダニズムの思想を今に伝える、貴重な建築である。

しかし、この宮津市庁舎も令和10年に移転が決まり、その後の活用方法はまだ決まっていない。今回のシンポジウムも、まずは多くの人にこの建物を訪れ、使ってもらい、その価値を知ってもらうことから始まっている。

建物を残すためには、その歴史的価値を説明するだけでは足りない。「こんなふうに使える」「ここでこんな時間を過ごせる」という未来の姿を、多くの人が思い描けることが大切だ。古い建物を生かしながら使い続けている良い事例を知り、共有することも、その想像力を支えてくれる。

耐震性能が低くても、雨漏りがしても、寒くても、法的な課題があっても、「それでも、この建物を残して使いたい」という愛着があれば、解決への道を探すことはできると信じている。何より心強いのは、地元に、この宮津市庁舎を愛してやまない若い建築の専門家たちがいることだ。

一服のお茶から、建築の未来を考える。

それは小さな試みかもしれない。しかし、そこから建物の次の物語が始まるような気がした。
(文・写真:柳沢 伸也)