藤井厚二の思想を受け継ぎ、大胆に蘇らせる ― 後山山荘 鞆の浦

2026.10.27 更新 カテゴリ:コラム

藤井厚二が実兄のために設計した、もう一つの別荘「後山山荘 鞆の浦」。
約80年前に建てられ、崩壊寸前まで荒廃していた建物を、実測調査から図面を起こし、職人の経験と技を結集して蘇らせたプロジェクトである。
幸運にも、施工を手掛けた大和建設の代表取締役社長・三谷道昭氏と現場監督・渡辺範臣氏に案内していただいた。

改修前の写真を見て絶句した。
屋根の半分は失われ、建物はまさに土に還ろうとしていた。
現在のオーナーは、この場所からの眺望に一目ぼれし、余生を過ごす小屋にでもしようと購入したという。
その後、藤井厚二の設計と判明し、建物の復元・改修を決意した。オーナーと設計を手掛けた建築家・前田圭介氏の熱意には脱帽する。

図面も残っておらず、設計には3年近くを要したという。
しかも敷地は鞆の浦の急斜面の上部で搬入路が狭く、コンクリートは約100m離れた場所から圧送し、重い瓦も人力で運び上げた。
限られた予算の中、残された瓦や建具を再利用し、左官には現地の土を使った。
不足する瓦は四国の瓦屋で焼き直すなど、文化財修復にも通じる丁寧な仕事が積み重ねられている。

こうした徹底した修復の一方で、内部空間には前田氏による大胆な現代的介入が見られる。
この対比こそ、後山山荘の再生で最も興味深いところだ。

玄関を入ると、二面をガラス張りとした畳敷きの前室が現れる。客人に四季折々の庭を見せる粋な演出だ。
引き戸の先には、両側に砂利を敷いた半屋外の畳廊下が続き、網代天井と相まって、高級料亭の暖簾をくぐったような趣がある。

特に面白いのが、居室と庭をつなぐ内路地と広縁だ。
かつての畳敷きの縁側は床を取り払い、御影石と玉砂利を敷いた土間に一新。鴨居の下までガラス張りとし、足元から光を取り込む。
庭側に新設された木製の広縁は、薄いスチール板に支えられ、宙に浮いているようだ。

リビング・ダイニングには床暖房を備えた黒御影石、キッチンには最新の厨房設備が導入されている。
一方、細い丸太を見せる化粧板張りの天井など、当初の意匠は丁寧に残されている。
天井や建具を極力保存しながら、床面には大胆に手を加える。
新旧が互いの魅力を引き立て合う、実に鮮やかな改修である。

もう一つ感心したのが、藤井厚二の環境工学的な設計思想が丁寧に継承されていることだ。
藤井の代名詞ともいえるサンルームでは、聴竹居と同様に、下部の地窓から取り入れた空気を小屋裏へ導き、妻面の換気口から排出する自然換気の仕組みが復原されている。
漆喰の上に紙を貼った内壁も、当初の姿に修復された。

環境工学を振りかざさなくとも、風が自然に抜け、室内には柔らかな光が差し込む。実に心地よい住まいだ。
サンルームから望む瀬戸内海の絶景、玄関前室からの北庭、浴室や閑話室からの池のある庭など、部屋ごとに異なる景色が広がる。
造園家・荻野寿也氏が再生した庭も、軽やかで自然な佇まいが美しい。
大学生を中心としたボランティアによって、わずか7日間で整備されたという。
空間を移動するたびに視界が劇的に変化し、次々と新しい風景が現れる。
庭の再生はまだ第一段階とのことだが、今後の成熟も楽しみだ。

藤井厚二が追求した自然と共生する住まいの思想を受け継ぎながら、前田圭介氏は現代の暮らしにふさわしい新たな空間をつくり出している。
古い建築をただ元に戻すのでもなく、新しいデザインで塗り替えるのでもない。
保存と創造が見事に両立した再生である。
国指定重要文化財の聴竹居に比べ、正直なところ、それほど期待せずに訪れたのだが、これは傑作であった。

さらに素晴らしいのは、再生した建物を個人の所有物として閉ざさず、社会に開いていることだ。
2014年には「後山山荘倶楽部」を発足させ、ボランティアの協力による定期的な見学会を開催している。

2025年12月23日付の日本経済新聞に、オーナーの藤井英博氏が寄稿した一文が心に残る。
「この見事な眺望、再生した建物と庭は、決して私一人が独占できるものではない。(中略)ぜひ、見学会に来て、さまざまに思いをはせてほしい」
私がこの建物を見学できたのも、こうしたオーナーの心意気のおかげである。先人が残した豊かな建築と環境を受け継ぎ、現代の暮らしに合わせて再生し、さらに多くの人々と共有していく。後山山荘は、建築再生のひとつの理想的な姿を示している。

(文・写真:柳沢伸也)